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和歌山地方裁判所 昭和33年(む)4124号 判決 1958年9月02日

被疑者 岩尾覚 外四名

決  定

(被疑者氏名略)

右被疑者等に対する各地方公務員法違反被疑事件について和歌山地方裁判所裁判官が昭和三三年八月三一日なした勾留請求却下の裁判に対し和歌山地方検察庁検察官より同年九月一日右請求却下の裁判の取消を求める旨の準抗告の申立があつたので当裁判所は併合審理の上次の通り決定する。

主文

被疑者等に対する検察官の勾留請求について昭和三三年八月三一日和歌山地方裁判所裁判官のなした右請求却下の裁判は何れもこれを取消す。

理由

検察官主張の要旨は別紙申立の理由記載のとおりである。

よつて検察官提出の各資料を検討するに右申立の理由記載の被疑事実は、本件各資料によつて一応疎明し得られるところである。次に証拠隠滅の点については本件事犯に関し和教組等の名義を以て関係書類の焼却、参考人の捜査当局に対する出頭乃至供述の拒否等を傘下組合員に指示していること、事実、参考人の出頭乃至供述拒否等が行われた状況が一応疎明し得られるのであつて、右は本件資料によつて認められる和教組の組織、統制力、和教組内に於いて被疑者等がそれぞれ肩書記載の如き地位にある点その他の諸事情を綜合考察すれば被疑者等の活動が強く影響したであろうことが窺われるのである。

更に本件事案の捜査としては、前記各資料に徴するとき、検察官主張の本件一斎休暇の計画立案過程特に六月三日の執行委員会の状況について尚相当の捜査をなすべき余地が存するものと考えられる。そうとすれば本件事案の規模、態様、和教組の組織力並びに前記事情を併せ考えると本件の場合被疑者等は罪証を隠滅すると疑うに足る相当な理由があると解される。

よつて刑事訴訟法第六〇条第一項第二号に従い本件被疑者等を何れも勾留すべき理由があるから、本件申立は理由があるとしてこれを認容すべく、勾留の理由なしとして右被疑者等に対する勾留請求を却下した原裁判は何れも失当として同法第四三二条第四二六条第二項によりこれを取消すこととし、主文の通り決定する。

(裁判官 山崎林 林義一 早井博昭)

申立の理由

一、本件被疑事実の要旨は

「被疑者は、和歌山県教職員組合の役員であるが、教職員に対する勤務評定実施反対の目的を以て、当組合傘下組合員である市町村立小中学校教職員をして年次有給休暇に名を藉り校長の承認なくして就業を放棄し同盟罷業を行わしめるため、これをせん動することを企て他の組合員等と共謀の上、同年六月三日和歌山市一番丁和歌山電報局より和教組執行委員長岩尾覚等の名義を以て、来る六月五日校長の承認なくして全員有給休暇をとり、勤務評定反対に関する措置要求のための郡市単位の大会に参加すべき趣旨の指令を県下の市町村立小中学校五百三十四校の教職員たる職場委員宛に打電し、これらを含む教職員たる約六千五百名の傘下組合員に対し右指令を伝達し、以て地方公務員たる市町村立小中学校教職員に対し、同盟罷業を遂行すべきことをあおつたものである」。

というのであるが、右指令は組合の統制力を濫用して和歌山県下の小中学校の教職員約六千五百名に対し、いわゆる一斉十割休暇を実施させるという大規模な争議行為の遂行を指示したものであつて、しかも右指令によつて六月五日十割休暇に突入した学校は百八十三校に及びその余の学校も大部分は混乱を避けるため地方教育委員会等において臨時休業の措置が講ぜられたけれども、之がため当日正規の授業を受けられなかつた児童及生徒数は約十九万人の多数に及び、まさに地方公共団体の業務の正常な運営を阻害する結果を発生するに至らしめたものである。

本件は地方公務員法第三十七条、同第六十一条違反の容疑濃厚なところから事案発生と同時に直ちに捜査に着手し先づ六月二十六日組合本部及び傘下各支部並に各組合役員自宅等を捜索して指令電信原書六百五十通の外、その他の文書を押収したのであるが、組合本部における会議録等は全然発見するに至らず、従つて拡大闘争委員会(以下拡闘委と略称す)及び執行委員会の内容を知る資料は些かも獲得することが出来なかつたものである。

しかしながら一部学校より押収した文書、参考人等の供述によつて本件一斉十割休暇闘争は直接には本年五月十二日の拡闘委に取上げられたものであるが、之が原案の作成は本部役員と支部書記長で構成される執行委員会(戦術会議又は闘争委員会と称す)において協議決定されていた事情が明らかにされるに至つた。その後数回の拡闘委で之を討議し、支部の書記長等を通じて傘下組合員等に一斉休暇の準備を行わしめていた事も明瞭となつている。そこで先づ捜査は指令の伝達関係と、校長の不承認のまま休暇に突入した状況を明らかにするため数職員からこれらの状況を聴取することに努めたのであるが、組合上部においては逸早く、参考人の出頭拒否乃至供述拒否の指令を傘下組合員に伝達した結果、取調べに応ずる教職員は極めて少数に止つた。剰さえ一部参考人の供述から上部から指令関係の文書類は焼却する様指示されそれを実行したことも判明し和教組の上部がその組織力を利用して証拠を隠滅し事案の真相発覚を妨害せんとして狂奔している事が窺知された。

他方何回かの執行委員会における出席者、指令の決定状況等一斉休暇実施計画の作成内容等を解明することは争議行為の遂行をあおることを企て、且つ現にあおつた各共犯者の氏名、共犯者間における刑責の軽重、犯意形成の時期等を明らかにする上に是非共必要であり、又地方公務員法第三十七条、第六十一条第四号が争議行為等の実行者を処罰せず特にその企画者、せん動者等首謀者を処罰せんとしている法意に鑑み、本事案の捜査においては執行委員会の内容を究明することは首謀者を確定し、全被疑者の処分の公平を期する上においても重要といわねばならない。しかして本件において六月三日の拡闘委において一斉十割休暇案を可決せしめるに至るまでの執行委員会の内容、即ちその委員会における被疑者等の個別的言動を確認すること及び本件指令電信の発出について被疑者等が如何なる程度においてこれに関与しているか等を明らかにしなければならない。しかるに一部参考人の供述によつて何回かの拡闘委の内容については、ほぼこれを知り得たのであるが、本件一斉十割休暇案を計画しその時期方法等を決定した執行委員会の内容についてはこれを知る資料もなく、又一般参考人の供述からは之を知る由もないのである。それ故被疑者等の身柄を拘束し、他の共犯者及び参考人との通謀を防ぐ状態の下においてその弁解を聞き、又参考人より被疑者等の言動を聴取することによつて真相を把握せんとして和歌山地方裁判所裁判官に対し被疑者の勾留請求をなしたのであるがその理由なしとして右勾留請求を却下されたものである。

二、しかしながら被疑者等において罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由の存することは各物的、人的証拠によつて明らかである。

三、およそ共犯者多数ある犯罪で共犯者相互間の供述を得る以外に適確な証拠も未だ押収されず、しかも共犯者が互に否認しているような事案の捜査においては、共犯者相互を隔離して、物証、人証の蒐集に努めなければ事案の真相を究明し得ないことは、昭和三十年四月五日仙台地方裁判所古川支部の勾留請求却下に対する準抗告に関する決定が「被疑者は終始巧妙な弁解をして事実を否認しており本件の様に他に格別の物証も得られない事案にあつては共犯者等の相互の供述のみが唯一の証拠であると考えられる処、被疑者の身柄を拘束して捜査を進行しないならば容易に通謀、打合せ等によつて罪証を隠滅する虞のある事は極めて見易い道理というべく」と指摘しているところによつても明らかなところである。本件は和教組執行委員会における共同謀議によつて計画されたものであつて前述の如くその実体を明らかにすることが本事案の真相を明らかにする上に最も重要事であり、又共謀者同一体の原則からして被疑者自身の刑責を問う上にも肝要と思われるのであるが、同委員会における各構成員の共同謀議については適確な物証も未だ押収し得ない上、事案の規模、組合側の前記態度からして当然共犯者の身柄を拘束して取調べなければ充分な捜査が出来ない事は従来の同種事犯の事例よりしても当然の事と理解されるのであるのに、本件における勾留請求が認められなかつたことは頗る諒解に苦しむところである。

斯くては執行委員会の解明を中心として事案の真相を明らかにせんとする捜査目的は坐折し事案の真相とは程遠いところで捜査を終焉せしめなければならぬ結果となり、又例え証拠の認められた一部のものを起訴したとしても不公平な起訴となり本件の与えた社会的影響或は社会的秩序の維持の観点からして著しく正義に反する結果を招来するものといわなければならない。

仍つて本件勾留請求を却下した原裁判を速かに取消されたく茲に準抗告に及んだ次第である。

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